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artbluebird

約5年の沈黙を破って、、、

「数学ってめちゃくちゃ面白いんだよ?」

 

うちは家系的に、いわゆる「エリート」家系だけど、

私は「エリート」どころか、

その「エリート」からすると存在意義すらない「アーティスト」という道を選んだ。

だから親戚からの風当たりは相当に強かった。

いまでもそれは変わらない。

私もそこまで馬鹿ではないから、

それぐらいの「空気は読める」。

そして、自分がその「エリートから外れたこと」も

十二分に理解ができる。

 

 

家系はエリートかもしれないけれど、

うちは全然そうじゃなかった。

 

 

両親から「勉強しろ」とは一言も言われたことがない。

それが、うちの両親の教育方針だったからだ。

だけど、

私には弟が2人いるけれど、私含め、3人とも

高校まではきちんと、所謂「エリートらしい」進学校に

自力で入った。

 

 

なぜなら、「勉強しろ」と一言も言わなかった両親が、

過去に自分が「勉強しろ」と言われ、

そのとおりに、そこそこの大学に入ったから。

 

 

それを聞かされたのは成人してからだけど、

あのとき、私たち兄弟は

色々な想いはあれ、どこかでプライドがあってきっと進学校に進んだようにも思う。

し、なんとなく「入ることが当然」ぐらいの想いはそれぞれあった。

両親がどう思っていたかは、定かではないけれど。

 

 

ちなみに、私の兄弟で一番アホなのは私です。多分。

弟は二人とも、相当頭キレますから。

とか言いつつも、一番弁が立つのはいつも私です。

そうやって、

「あー、また姉貴がうだうだ言い始めたわー。」

「でも勝てそうにないけ、やめとこ。」

みたいな間の取り方は男性らしく

やっぱ賢いなぁと、尊敬もありつつ

しかし、私からすればやはり弟ですし、

年功序列的な恩恵もあるなと、いつも弟に甘えさせてもらってます。

…弟2人に「ありがとう」…

この間の取り方は、

弟二人は姉貴がアホなくせに弁が立つ、という

極めて厄介な姉の下に生まれてしまったゆえに

世の中の理不尽さを生まれた時から身に染みて感じており

それによって必然的に、生きるためにキレ者の弟二人が身につけざるをえなかった

「世の中で生きるためのスキル」であります。

※厄介者の下に育った兄弟は空気読めます、これはいい意味で※

世の中にはいろいろな兄弟構成や家族構成がありますが、

うちは、典型的な「昭和の縦社会」です。

兄弟関係に関しては。

姉の私はアホで弁が立つだけなのに、

年齢的な上下関係は絶対で、

たとえ姉がアホだとわかっていても、

キレ者弟2人はなぜか姉の私の言うことには有無を言わさず

「yes」のみで答える。

昭和の縦社会です、まさに。

 

 

ただし、私は自分がアホなことができるのは

切れ者の弟2人がいるからということは

自覚しており、それに甘えてはいけないとも

また、自覚しております。

 

 

お互いもう、いい大人ですから。

 

 

 

 

 

で、ここまでは切れ者の弟とアホなねーちゃんのお話しですが、

 

ここからは、表題通り。

 

 

 

 

「数学が好きです」

 

そういうと、8割ぐらいの人間は怪訝そうな顔をする。

 

でも、私にはその理由がちっとも理解できない。

 

ちなみに、私の高校時代は国立文系だったので、

数学もつっこんだところまでやっていませんし、

化学も物理も知らず、センター試験用に生物一択という

なんともよくわからないものだったのですが…。

(本当は物理がやりたかった、本当に)

 

 

 

しかし、私は元々数学に対して全く抵抗がなく

数学の時間、真っ白な白紙のA4サイズのコピー用紙だけ渡されて、

「好きなように証明していいよ」

と先生に言われてワクワクしたのを今でも覚えています。

※この先生は所謂進学校の先生というよりは学者肌の先生でしたからそういうことをされたんだと思います。なかなかいらっしゃいません、進学校には。

あの先生がいなかったら、数学の面白さは一生わからなかったのかも。※

ちなみに私暗算が遅かったのでテストの点数は大体80-90点前後ぐらいでした。

複雑な計算する時間が足りなくて。

※受験生としては失格です※

だから全然優等生ではなかったのですが、

ただ、「考えること」は好きでした。

考えたことを自由描いていいと言われて、

あっているのかいないのかはさておき、

それはそれは、「なんて面白いものがあるんだろう」

と思ったものでした。

 

 

結局高校からその先の学校に進んだ時に、所謂理系になったので

結局理系に感化?されたのかもしれませんし、

そもそも理系だったのかもしれませんが、

 

 

私にはそんなことどうでもよくて、

 

 

「なぜ、日本人がこんなにも数学が嫌いなのか」、

さっぱり理解ができないんです。

 

 

 

「数学ってものすごく奥が深くて、めちゃくちゃ面白いんですよ?」

って声を大にして言いたいです。

 

 

上記のように私は高校まで進学校で徹底的に「受験テクニック」を学びました。

それは、たしかに役立つこともあります。世の中で。

でも、「数学」という学問の本質は、

計算が早い、とか、公式通りにやれば解ける、とか

巷の学生が思っているような「淡白さ」ではないと

はっきりと申し上げておきたいです。

 

 

…もう、あれやろ?数字見ただけで頭が痛くなるとかそんなんやろ?…

…いやいやいや、それおかしいですって。…

…英語よりも数字のほうが万国共通の言語ですから。…

…英語よりも色んな国の人と会話できる数字と数学最高。…

 

 

 

本当に勘違いしている人間が多くてうんざりしてしまうのですが、

「数学」という学問は

「発想の自由」です。

単純に計算するだけ、

公式に当てはめて数値を算出するだけ

であるなら

人間の頭脳や思想、感性など無意味です。

今の時代コンピューターのほうがそのへん正確だと思いますから、

単純な計算であるならば、コンピューターに任せた方が正確です。

でも、それがなぜ学問として成立するのか。

それは「発想の自由」だからです。

数学という学問は常に発展しています。

世界中でいつ、日の目に当たるかどうかわからないものを

必死に研究している人間だっています。

それは、「発想の自由」の裏付けがほしいからです。

 

そして、その「発想の自由」を「裏付け」できたあかつきには

「それが普遍的な真理である」

と自信をもって世の中に送り出すことができる、

これが数学者にとって快楽の瞬間なのかもしれません。

 

 

「数学とは普遍的な、発想の自由である」

だからこそ、人間にしかできないんです。

 

 

 

日本人は頭がいいけれど、そういう頭の良さは持ち合わせていないんだろうな、

 

 

私はよく思う。

と同時に、「数学ってこんなに面白んだよ」と伝えたい。

教員免許がない私には、その手段はないけれど。